神戸地方裁判所 昭和36年(ヨ)352号 判決 1962年7月20日
債権者 小野原稔
債務者 川崎製鉄株式会社
主文
債権者の本件仮処分命令の申請を棄却する。
申請費用は債権者の負担とする。
事実
第一、当事者双方の申立
一、(債権者の申立)
債務者は債権者を従業員として取扱い、昭和三六年七月一日から一箇月一七、九五四円の割合による金員を毎月二〇日限り支払わなければならない。
との裁判を求める。
二、(債務者の申立)
主文第一項と同旨の裁判を求める。
第二、債権者の主張
一、債権者は、郷里の鹿児島県で入社試験に合格し、昭和三五年六月九日から神戸市葺合区にある債務者会社葺合工場に臨時工という名目で勤務していたものであるが、昭和三六年六月三〇日臨時工の期間が満了するので、すでに本工採用の通知も受けていたところ、同月二九日、債務者から、なんら理由を示されずに、同月三〇日限り解雇する旨の通知を受けた。
なお、債権者は、当時毎月二〇日の給料日に債務者から一七、九五四円の平均賃金の支払を受けていた。
二、しかしながら、債権者は、入社の際、債務者と、一年を経過すれば、その間所定の解雇事由の存在によつて解雇されない限り、当然に債務者会社の本工となるということを含めた雇傭契約を締結したものであつて、名称は臨時工でも実質は試用工であり、右期間は試用期間を定めたものであるに過ぎない。従つて、たとえ右期間が満了しても本工に昇格させるに足る適格性を欠く事実が客観的に存在しないか又は適法に解雇されない限り雇傭関係は存続するところ、債務者は、債権者が工場内の民主青年同盟の労働者達と接し労働者としての自覚を深めていることを知り、いわゆる赤色分子化することをおそれて、なんら正当な解雇事由も存在しないのに債権者を解雇したものであつて、本件解雇の意思表示は、まさしく解雇権を濫用してなされた無効の意思表示というべきであるから、債権者は今なお債務者の従業員としての地位を有している。
三、仮に試用期間満了後に本来の労働契約を締結しない限り従業員としての地位を失うものであるとしても、債権者及び債務者は、ともに将来永続的な雇傭関係を保つ意思のもとに本件労働契約を締結したのであり而も債権者はその期間満了前本工採用の通知を受けていたものであるから債務者は本採用契約を締結して債権者を従業員として取扱い、かつそれに至るまで平均賃金相当の義務不履行による損害金を支払うべき義務がある。
四、又仮に以上の主張が何れも認められないとしても、本件雇傭契約には試用契約のほかに期間の定めのない雇傭契約が併存しているとみるべきである即ち通常試用期間は二、三ケ月で最長六ケ月のところ、本件はその限度を超えた期間であり従つて試用以上のものを含んでいると見るべきである、而も本件雇傭契約の期間は最初昭和三五年六月九日から昭和三六年六月八日までの一年間であつたのを、債務者は同年五月一五日債権者との合意で同年六月三〇日まで延長したのであるから有期契約の最長期を超えてなされた右延長により少くとも同月九日から期間の定めのない雇傭関係が発生したものというべく、本件解雇が正当な解雇事由にもとづかないものである以上、債権者は今なお債務者の従業員としての地位を有するものである。
五、よつて債権者は、債務者に対して解雇無効確認訴訟を提起すべく準備中であるが、債務者は本件解雇により賃金の支払を拒絶され、本案判決の結果をまつことができないほど窮迫した状態にあるので、この申請に及んだ。
六、債務者の主張事実中、債権者が解雇予告手当を受領したことは認めるが、右予告手当は間もなく債務者に返還した。
第三、債務者の主張
一、債権者の主張事実中、債務者が債権者を雇傭期間を昭和三五年六月九日から一年間と定めて債務者会社葺合工場の臨時工として雇い入れ、債権者主張の日に合意により雇傭期間を同月三〇日まで延長したこと及び債権者が同日まで同工場に勤務し、当時の平均賃金の額が債権者主張のとおりであつたことは認めるが、その余の事実は争う。
二、右雇用期間の延長は昭和三六年六月中に区々に期間満了するものに対し本工採否の決定通知を簡素化するために六月末日に一括したものであつて本工採用のためではない。
又債務者は債権者を解雇したのではない。前項の期間は契約の存続期間を定めたものであるから、本件雇傭契約関係は昭和三六年六月三〇日の経過とともに終了した。乙第二号証は「解雇」の語を用いているのは労働基準法が雇用関係の終了をおしなべて「解雇」と称しているからである。尚債務者は本件のような雇用期間満了によるもの以外の解雇の場合には理由を付した解雇通知を出している。そこで債務者は、右期間満了の日の前日である同月二九日、債権者に本工不採用の通知(臨時工雇傭期間満了による雇傭関係終了の通知)の書面を交付し、併せて解雇予告手当一七、九五四円を支払い、債権者はこれを受領した。
三、このように、債権者は昭和三六年六月九日の経過とともに雇傭期間の満了により当然に債務者の従業員としての地位を失つたものであつて、保全されるべき地位をなんら有しないから、本件仮処分申請は棄却せられるべきである。
第四、疏明<省略>
理由
一、債権者が昭和三五年六月九日から債務者会社葺合工場で臨時工の名のもとに勤務していたものであること、ならびに昭和三六年七月一日以降債務者が債権者との雇傭関係は終了したものとして取扱つていることは当事者間に争いがない。
二、先ず本件雇傭契約の性格について判断する。
成立に争いのない乙第一、第四ないし第七号証及び証人松永栄、同吉丸清治、同小林久夫(後記認定に反する部分を除く)の各証言を総合すると、債務者が工員を雇い入れる一般的な方式は次のとおりであることが疏明され、証人小林久夫の証言中これに反する部分は信用しない。
債務者会社においては、工員を雇い入れるにあたり、従前は、四箇月の試用期間を定めた本工として雇いれる方式がとられていたが、昭和三四年二月頃から、第三圧延工場以外の工場の工員については、一応契約期間を一年とする臨時工として採用し、期間満了のときに、所属課長と医務課において作成した資料にもとづいて選考したうえ、改めて本工に採用し、その際保証人二名の連署のある労働契約書を徴する方式が採用され、昭和三六年八月からは第三圧延工場においても後者の方式がとられるようになつたこと。葺合工場では就業規則の上でも本工に適用される就業規則とは別個に臨時工に適用される就業規則が実施せられており、臨時工の就業規則には、債権者が雇い入れられた当時実施せられていた規則の1の(3)の1)の1(疏乙第七号証)昭和三五年九月一日から実施せられた改正規則(疏乙第四号証)の第五条第一項第一号に雇傭期間が満了したときは退職させる旨の規定がおかれていること。毎月その月の途中で契約期間の満了する臨時工については債務者の事務処理の都合上、一応その月の末日まで臨時工としての契約期間を延長、本工に採用するものは翌月一日付でまとめて採用する方法がとられていたが、それ以外に契約期間を延長することはなく、特に期間満了ごとに契約を更新するようなことは行われていなかつたこと。債務者が、試用期間のある本工として採用する方式のほかにこのような工員採用方式をとつたのは景気変動による人員並設備の伸縮にそなえる等の業務上の都合によるものであつて、たまたま、債権者とともに昭和三五年六月中に臨時工として採用された四〇名余りの者は債権者一人を除き他の全員が翌年七月一日付で本工に採用されたが、通常の場合は、臨時工として採用された者のうち本工に採用されるのは約六三パーセントにとどまり、自発的に退職する約二十四、五パーセントの者を除いた約十二、三パーセント(現在では三十パーセントに増えている)の者が本人の意思を問わず本工に採用されていない実情にあることが窺われる。
また、成立に争いのない甲第二号証、乙第五号証、証人松永栄の証言及び債権者本人尋問の結果(後記信用しない部分を除く)を総合すると、債権者が雇入れられたときの事情は次のとおりであることが疏明され、これに反する甲第三号証の三の記載及び債権者本人の供述は信用しない。
債権者は、昭和三五年五月頃、郷里の鹿児島県で、債務者が葺合工場の工員を募集していることを新聞広告によつて知つたが、右広告には別段臨時工として採用する旨の記載はなかつたこと。しかし、債権者がこれに応募して鹿児島県垂水市仮屋職業安定所垂水分室で受験した際に、債務者の係員松永栄から、契約期間一年の臨時工として採用するものであること、もつとも一年たてば本工採用の選考を受ける機会が与えられるから、その際本工に採用され引続き将来も債務者の工員として就労できる可能性もある旨の説明を受けたこと。その際債権者に交付された労働契約書の用紙(乙第五号証)にも契約期間は契約締結の日から一か年間とする旨印刷されていたこと。その後債権者に交付された採用通知書(甲第二号証)にも契約期間は昭和三五年六月九日から昭和三六年六月八日までの一か年間とする旨記載されていること。以上の事実が疏明される。
これらの事実よりすれば、債務者会社の臨時工は、臨時の仕事をするために特に雇い入れられたものではなく、本工採用の一過程としての意味をも有しており、本工として採用するに足りる適格を有するか否かを試用工としての性格も兼ねそなえていることは明らかであるが、右一年の期間は債権者が主張するように単なる試用期間を定めたものではなく、債権者において経済情勢の変化に応じ工場の業績、設備等を考慮して人員の調節をはかるため会社経営上の必要から雇傭契約の存続期間を労働基準法第十四条所定の限界内で定めたものというべく、本工の就業規則(乙第六号証)と別個に制定された臨時工の就業規則(乙第四号証、第七号証)とを比較して見ても特に劣悪なる労働条件を臨時工に強いたものでもなく、又期間も一年を限り(尤も採用の日時を揃えるため一か月未満の延長はあるが)之を反覆して更新し臨時工を長く不安定の状態に置く等の点も認められないから債権者と債務者間の本件雇傭契約も一年間の存続期間の定めある雇傭契約であると認めることができ、成立に争いのない甲第四号証の記載ならびに証人吉田睦男、同原口政則の証言も右認定を覆えすに足りる証拠ではなく、他に右認定を動かす証拠はない。
従つて、本件雇傭契約の期間は試用期間を定めたものであり適法に解雇されない限り一年の経過とともに当然に本工となることを含めた契約であるとし、あるいは、右期間内に従業員として不適格であると判断されない限り本工に昇格させる趣旨の契約であるとする債権者の主張は理由がない。
また、債権者は、本件雇傭契約は将来永続的な雇傭関係を保つ意思のもとに締結されたものであつて而も債権者は、昭和三六年六月三〇日までの間に債務者から本工採用の通知を受けていた旨主張する点については、証人吉田睦男、同原口政則、同吉丸清治の各証言及び債務者本人尋問の結果によると、債務者は昭和三六年五月一七日頃債権者に前記葺合工場の本工としての労働契約書の用紙二通(甲第一号証の一及び二)と「このたび貴社(債務者のこと)から本工採用の通知を受けましたについては、下記のとおり誓約致します。云々」との記載のある誓約書用紙一通(甲第一号証の三)を交付したことを認めることができるが、右各証人の各証言及び債権者本人尋問の結果を総合すると、右用紙交付当時、債務者は、同年六月中に契約期間の満了する臨時工のうち誰を本工に採用し誰を採用しないことにするかをまだ決定しておらず、その決定のための調査の段階にあつたが、本工に採用すべき者を同年七月一日付で一斉に採用するための準備として同年五月一五日頃葺合工場内に、同年六月中に契約期間の満了する臨時工全員に対して、同年五月一七日職員食堂に集合すべき旨の掲示をし、右一七日に職員食堂に集つた者全員に対して、いずれも同年七月一日付の労働契約書用紙二通と誓約書一通をそれぞれ交付し右各用紙の本人署名押印欄に署名押印をし、保証人二名を選び労働契約書の保証人署名押印欄にその署名押印を得たうえ同年七月一日までに提出するように申し伝えたこと、債権者も同年六月中に契約期間の満了する臨時工として、その際甲第一号証の一ないし三の労働契約書、誓約書の用紙を受領したものであることが疏明され、右事実によると、債務者は、単に、債権者が将来本工に採用されることがある場合を慮つて、本工に採用されたならば債権者において提出すべき文書の用紙をあらかじめ交付したに過ぎず、右用紙の交付によつて債権者に対し本工として採用する旨を告知したものとは認められない。他に債務者が債権者に対し本工採用の通知したことを疏明できる証拠はない。
三、次に債権者は、本件雇傭契約には期間の定めのない雇傭契約が併存していたと主張するが、その疏明がなく、前示認定によるとかえつてそのしからざることが認められるから、債権者の右主張は理由がない。
また、債権者は、本件雇傭契約は契約期間が延長されたことにより期間の定めのない雇傭契約となつた旨主張するのでこの点につき判断する。
本件雇傭契約の契約期間が最初は昭和三五年六月九日から昭和三六年六月八日までの一年間と定められていたのに債務者が同年五月一五日債権者の同意を得て同年六月三〇日まで延長したことは当事者間に争いがない。
しかしながら、雇傭契約の契約期間が延長せられたからといつて、直ちに延長後の雇傭契約は期間の定めのない雇傭契約であるとすることはできず、延長後の雇傭契約が期間の定めのあるものであるか否かは具体的な場合に則して判断されなければならないものであつて、このことは契約期間が延長された結果契約期間を通算すると労働基準法第一四条に定められた一年を越える場合であつても変るところはないと解すべきである。そこで本件の場合についてみると、前認定の事実によると、債務者は事務処理の都合上、昭和三六年六月中に契約期間の満了する臨時工のうち本工に採用するものを同年七月一日付でまとめて採用することにするため、同年六月中に期間満了となる臨時工全員について一応同月三〇日まで契約期間を延長することとし、同月八日に期間満了となる債権者の契約期間もその翌日から同月末日まで延長せられたものであることが認められ、右延長の結果債権者の契約期間を通算すると一年を越えることになるのではあるが、その期間はわずか二二日に過ぎず、債務者は前示目的のためこの二二日間に限つて債権者を雇い入れたものであつて、永続的な雇傭契約を締結する意思を持ちながら労働法による諸規制(特に解雇の規制)を潜脱する目的で形式上期間の定めのある雇傭契約としその更新をくり返していこうとするようなものではないことが認められるから、右延長された期間は債権者を更に雇傭する契約の存続期間を定めたものと解するを相当とする。従つて債権者の右主張は採用できない。
四、すると債権者は、昭和三六年六月三〇日の経過とともに雇傭契約の期間満了により当然に債務者の従業員としての地位を失うに至つたものというべく、保全されるべき地位をなんら有していないから、債権者の本件仮処分命令の申請は理由がなく、これを失当として棄却するほかはない。
よつて、申請費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 山田常雄 平田浩 藤原寛)